苦手な相手を肯定することで起きる奇跡

今日のマコ

なんかこの人苦手だな…と感じる理由は3つあります。

①自分の価値観にはない価値観で生きている人に拒否反応が出ている
②自分の中にある否定している部分を相手に投影している
③直感で危険を感じている(生理的に無理)

この3つの理由の根本にあるものは「恐れ」です。
人は原始人の時代から「恐れ」を抱くものには「嫌悪」という2次感情を起こして、その対象から逃げるか戦うかというアラームを鳴らす機能が付いているのです。だから、ある人に対して逃げたくなったり、攻撃的になったりするのは「恐れ」からくる反応なんです。


私は最近、逃げていいケースは③だけだと思うようになりました。
③は本当に関わらない方がケースです。相手の中に渦巻いている「憎悪」「妬み」「利己的な部分」などに自分の感覚器官が反応しているので、関わってしまうと搾取されて自分を奪われてしまう恐れがあります。こちらが歩み寄っても相手は利用することしか考えていません。そんな人とはその人が変わるまで距離を取るか二度と関わらないことが賢明です。


さて、問題は①②についてです。
①の「自分の価値観にはない価値観で生きている人に拒否反応が出ている」場合。
誰しもが自分の考えが正しいと疑うことをせずに生きています。ある程度優秀でプライドがある人ほどそうです。
ですが、ここでは一旦自分の価値観は保留して、相手の考え方や言い分を聞き入れることをお勧めします。そして、相手を変えるのではなく仕組みを変えていく努力をします。

例えば、私は犬のおしっこやうんちを公共の花壇の柵や人の家の壁にさせる飼い主に対して、「嫌だな」という気持ちを持っています。「自分の家の壁や自分の庭の花壇ではさせないのに、自分ちじゃないからいいや」と他所では犬の糞尿をさせるその自分勝手なマインドに、「どんなメンタリティしてんの?」と、理解したくない気持ちを持っています。

ただ、私は犬は好きだし動物全般可愛いなと思うので、犬にとって良いことはなんだろうと考えます。
そして私も実際に犬を飼えば、同じことをしてしまうことがあるかもしれません。その時にその飼い主の気持ちも理解できるのかもしれません。

でも、気持ちは理解できても嫌なものは嫌ですよね。
その場合、相手を責めたり否定したりするのではなく「どうしたらお互いにとって良い着地ができるのか?」を考えます。
そうすると、例えば区や市に「公共の場に犬用のトイレを設置してください」と意見を言うことになるかもしれません。犬がお家だけでトイレを済ますことのメリットとデメリットを調べることになるかもしれません。
犬におしっこをされてもすぐに除去できる薬品を探すことかもしれません。
あらゆる可能性を試すのです。それは、相手を否定するのではなく、譲歩した上で最善策を考えると言うことです。そうすることで、相手は敵ではなくお互いに住み良い暮らしを目指す「同士」という意識になります。すると、相手が「苦手な人」から「協力し合う人」に意識が変わっていきます。

これはベビーシッターやイラストのお仕事をしていても大変役に立つ考え方です。
自分の価値観が絶対に正しいと思っている相手に対して、こちらも価値観をぶつけると良い関係にはなりません。その場合、譲った方が得なのです。それは何でもかんでも言いなりになるということではなく、勝ち負けの話でもないのです。一旦相手の価値観を受け止めて1回だけ譲ってみる。「自分から」というところがポイントです。そうすると、相手の態度が軟化します。わかってもらえた、譲ってもらえたという安心感が相手に芽生えます。安心してもらえるというのは、自分を信頼してもらうことにも繋がります。そうすると、相手も徐々にこちらの価値観を理解しようとしてくれるのです。

このように自分から相手に譲歩することで、世の中を上手に乗り切る力と知恵がつきます。そして相手からの信頼も得られるのです。信頼はお金に代わるものです。つまり、長い目で見た時に自分の人生を豊かにすることにつながるのです。

「なんか苦手」で関係を終わらせてしまったらそこから何も生まれないけれど、自分から相手を理解しようとすれば、苦手な相手が自分の人生を豊かにしてくれる必要な相手となります。別に好きになる必要はありません。自分の価値観を一旦手放して、相手に譲ることは損ではなく得だよということなのです。


そして②! 私は何の成長もなくただ受動的に働いているサラリーマンや中年の欲求不満そうな女性が苦手です。(これはもう20代の時からです)なんでこんなに苦手なのか不思議だったのですが、彼らの中に自分の嫌悪している要素を投影していたからだと気づいたのです。その人たちが実際にどんな人でどんな人生を歩んでいるかも知りえないのに、条件と見た目だけで「あぁはなりたくない。」「あぁなったらおしまいだ。」と思っていました。それは、私の中の「恐れ」が見せる幻だったのです。

私は「自分の力で有名になって個人で稼いで、素敵な妻であり母親であるべき」という価値観を根強く持っていました。そうなれないのなら、私には生きている価値はない、とまで本気で思っていたのです。

だから会社に依存して生きているサラリーマンをどこか軽く見ており、欲求不満そうな(不幸せそうな)中年のもう若くなく美しさも失った不満そうな女性を見ると「おしまいだ」と勝手に決めつけていたのです。その人たちはとても幸せな人生を送っているかもしれません。すごく愛溢れる人生を送っているかもしれません。それなのに、私は自分の恐れ故に妄想を引き起こし、その幻に対して嫌悪していたのです。

私は認めたくない自分の現実を直視できず、自分が嫌悪している自分の要素を誰かに投影した時に「苦手な人」として決めつけていることに気が付きました。

私は自分で稼げる知能も力もない、若くもなく美しくもない独身の不幸せな自分を認めることができないが故に、そんな要素を相手に見つけた時に「見たくない自分!」と脳が反応して拒絶していたのです。別に自分で稼げなくてもいいし、若くなくても美しくなくても独身でも、そんな自分で何も問題なく肯定できて幸せに生きている人は、他人をジャッジしません。誰かを否定したり、嫌悪する人は自分のあるがままを許せていない人なのです。

なので、②のタイプの苦手な人が出てきたら、自分を知る良い機会だと思います
自分は自分のどういうところを許せていないのか、どうして許せないのか、それを丁寧に見ていきます。
そして、こうありたい、こうあらねば!と思っている理想の自分像ではなく、こうなったら嫌だ、おしまいだ!と否定しているあるがままの自分こそ肯定してみてください。そんな自分で楽しく生きてやる!と意識するのです。すると、不思議と自分の周りから苦手な人、嫌悪する人が消えていきます。否定している自分を肯定すると、自分の周りにも否定する要素がなくなるので、嫌悪する人がどんどんいなくなるのです。

そうなったら楽しそうだから、より幸せになれそうだからと理想の自分を目指すことと、今の自分ではダメだからと理想の自分を目指すことは全く違います。今の自分を肯定した上に理想の自分は成り立ちます。今を否定して理想の未来なんてやってこないのです。


と、長くなりましたが今回伝えたかったことは、「苦手」に感じる人こそあなたの人生を拡大させる種を持っているよということです。自分に都合の良い人、自分が好きだと思う人が成長させてくれるわけではないのです。なんか苦手〜!と思う相手こそ自分を成長させてくれるキーパーソンなのです。

それでは今日はこの辺で。

コメント

タイトルとURLをコピーしました