怒りについて②

感情


前回の記事
怒りのメカニズムについてお話しました。


①観念(思考)→②一次感情→③怒り

この流れで人は怒るということを書きました。
なので、大元の観念を知ることは大事で、
その観念に歩み寄ることで、怒りは弱まります。


前回は思考からのアプローチのお話でした。
今回は行動から怒りにアプローチするお話です。



道を譲る気ゼロでぶつかる勢いで向かってくる人。

こちらも退かなければお互い様です。
似たもの同士になってしまいます。

その結果、不快な気分になるだけ。


これは一例だけど、
不快な気分になるにも関わらず、
「怒り」や「苛立ち」に毎回同じパターンの
反応を繰り返してしまっているのなら

そこに気持ち良さを感じてしまっている可能性があります。


そんなことない!
毎回気分は最悪だ!

と思っていても、
辞めないのは不快よりも快感が優っているからです。


快感とは、怒りを出した時の
スッキリする感じとか、
自分の正当性を知らしめるとか、
自分がマウントを取れた(と思い込んでいる)とか、
自分の思うようになったとか、


不健全ではあるけれど、怒りを出している瞬間だけは
これらのメリットを感じているはずです。
だから怒りを出すことが癖になってしまっているのです。


本当に不快ならやめるはずです。
例えば火の中に手を入れたら、
熱くてすぐに引っ込めますよね。

そして二度とやるものかと、
本当に二度とやることはありません。


身体的なことならわかりやすいのですが、
心理的なことは中々、切羽詰まってからでないと
気づきづらいものです。


怒りを出すことのメリットは一つもありません。
メリットに感じていることは一時的な「逃避」に過ぎず
時が経つほどに自分の首を絞めることになります。


周りに怒りを出してしまっている人は、人間関係がうまくいかずに
どんどん人生が行き詰まっているはずです。



そこで、解決策としては
別の「快」の行動を自分に取らせるというものです。



私の例になりますが、
怒ることが立て続けに起きた後、
怒ることに疲れて
私は相手に「譲る」という行動を選択しました。


譲る気ゼロで向かってくる人には
先にこちらから道を譲る。

満員電車では
降りる人や乗る人が動きやすいように
自分も動く。


とてもとても些細なことで
小さなことですが、この行動を取った時に
私の中で「快い」感覚が湧きました。


それは、他人を思いやることができたから
とかそういうことではなく、


自分で「怒らない」選択ができたことで、
安堵感が起こり快い感覚になったのです。



自力で不幸から抜け出せたと言っても過言ではありません。



「怒る」ことや「イライラ」することは
自分の精神状態を他人や周りに左右されてしまっている状態です。


それとは逆に、自分に対して本当の「快い」選択をすることは
他人に左右されない生き方です。



相手に譲るとは、相手のためというよりも
自分のためになっていることに気がついたのです。


とはいえ、毎回譲っていられるわけでもないと思うのです。
でも譲れない日はそれはそれでOK。


一度感じてしまった「快い」感覚は忘れることはできません。


人は快いことは続けられるのです。
この感覚が身につけば、
「怒ること」を選択することは減ります。


無礼なことをされたと感じた時に、
自分を守ったり、気持ちを伝えることは大切です。

だけど怒りで対応することは得策ではありません。


そんな時にこの「快い」体験が自分を救う重要な行動になってきます。



「怒りについて」①②と続けて書いてきました。

「怒り」をどうこうするのではなく、
怒りの根本にある自分の「思考」を知ること。

「怒り」をどうこうするのではなく、
「怒り」以外の「快い」選択をする訓練をすること。


怒りはただそこに発生しているだけです。
見直すべきは、自分の思考。
取り組むべきは、自分の新たな行動。

この2点が「怒り」から解き放たれる重要なポイントになります。


とはいえ私はまだまだ道半ばです。
これからも「怒り」に対して新たな発見が出てくるかもしれません。
引き続き「怒り」に寄り添い、
メンタルを成長させていきたいと思っております。

その中で感じる出来事を、
これからも自由にこのブログに
書いて行けたらと思っています。


長々読んでいただきありがとうございました。


マコ

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