もし前世があるなら、私の前世って何だったんだろうとイメージしたら、
セミが思い浮かびました。
セミ…!
7年も土の中でじっとしていて
やっと地上に出たとしても、安全な場所に辿り着くまでに
死んでしまうものもいます。
幸運に羽化できたとしても途中でカラスや猫に食べられたり。
あと都内だと子供に網で捕獲される確率が高いです。
最後まで命を全うできても1週間の寿命。
7年、暗闇でじっとして
7日で人生を謳歌する。
セミの人生としては完璧ではありますが
人間と比べたら経験できることは極々限られたものです。
(飛べるのはいいなと思いますが)
あるのかわからない前世に思いを馳せたとき、
私にはセミとしての人生もあったかもしれません。
そう考えると、私の体験してきたことは
苦しみや悲しみでさえものすごいギフトに思えてきたのです。
人間として、あらゆる感情を味わい人生を謳歌する。
喜びや楽しさだけでなく、悲しみ、憎しみ、怒りさえも味わうことができる。
これは、恵まれているのでは…と改めて思いました。
私は自分の望む人生にならないと絶望して、
寂しい、苦しい、悲しい、憎い、
もうこんな思いはうんざりだ!と、どん底な気分になっていました。
でも、この苦悩さえ人として生きているから
味わえる感情だと思うと、自分の人生にそれほど絶望しなくなる気がしました。
私が今セミだったら、
絶対人間になりたいと思います。
悲しみ、怒り、憎しみ、苦しみ、絶望。
セミからしたら経験できない感情を味わい、
うんざり、もう人生やめたいとか言っている人間。
贅沢〜!
そんな感情味わってみたい〜!
とセミの立場になってみました。
確かに人としては望まない体験は
辛いし苦しいし、生きていることが嫌になるときもあります。
だけど、実は渦中はわからないだけで
苦悩しているときほど、人生を味わっているのかもしれません。
この苦しい感情も味わおうと意識するだけで
人生は少しずつ光のさす方へ開いていくのかもしれません。
今日はふとそんなことを思う日でした。
それでは。
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