前世も来世ない。大事なのは今世だけ。

人生

人生に何度も不幸が訪れたり、思うように生きれないと、「前世のカルマのせい」と言いたくもなるでしょう。望んでいた人生が手に入らないと、「来世に期待」と諦めたくもなるでしょう。


思うのですが、前世のせいにしたり、来世に期待したりしても、今世が変わることはありません。前世来世を持ち出したところで今世に何の影響もありません。無意味です。


だから、私は前世とか来世とか言われても無視しています。だって今の人生と関係ないから。関係があったとしてもどうしようもできないし。大事なのはどんな状況であれ今世をどう生きるか、生き切るかしかありません。


もし来世があったとしても、今世を精一杯生き切れない人間は来世も思うような人生は歩めないと思う。


友達と話していて、私が「この歳になってもまだ結婚すらしていない。子供も欲しいけど、現実的に難しいなぁ」と言うと、友達が「来世、来世!」と言いました。


叶わない希望に悲しくなるくらいなら、諦めて生きた方が楽だよ、という友達なりの明るい励ましです。
確かに、現実を受け入れないと苦しみ続けます。手に入らない望みに苦しくなるくらいなら、結婚も子供も家庭を作ることも諦めて生きた方が楽です。


ただ、私がもしこのジョークのような「来世に期待」という言葉に縋ったら、おしまいです。今世を放棄することになるのですから。



結婚できない人生よりも悲惨な人生は、今世を捨てて無意味に生きることです。
「来世に期待」は、今世自分を楽しませて生きることから逃げるときに使う都合の良い言葉です。今世しかないのに、自分から人生を作り出さずに逃げ続ける人生こそ地獄です。



「人生に飽きた」とか「もう生きたくない」とか思うのも理解できます。でも、そこでそのまま何もせず飽きたまま人生を生きるのは未熟な人間の生き方だと思うのです。


つまらない人生だなぁ、じゃあ何をして楽しく生きようか? と考え動く人は成熟していて面白い人間だなと思います。
人生は長いです。与えてもらってばかりいないで、何もないところから楽しみを見つける、作り出すことができる大人でありたいものです。


子供はそれが普通にできるから、大人になった私もできるはず。長い人生、何を世間に生み出していこうか、考えながら動いていきたいと思います。

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