あなたを苦しめるものはあなた以外いない

ワーク



先日、厄払いと開運の御祈祷をしてもらいに、神社へ行った時の話です。
私が予約した日時は私を含め、7組の参拝者がいました。私は最後の7番目。

神前での御祈祷の前に待合室に通されます。待合室は7組ごとにブースわけされていて、
私は7番目のブースへ。

小さな子供のいる家族
高校生くらいの子供と両親の家族
夫婦(カップル?)
友達どうし

みんな家族やパートナー、友人と来ている中で、私だけ一人(笑)
その時、私は一瞬気まずい気分になりました。心の中はこんな感じ。


「私だって夫と子供たちと一緒に来たかったな。私の年齢だと下の子の初めての七五三かなぁ」

そんな風に周りを羨ましいと思った時に、

「私って、いい歳してひとりぼっちで、惨めだな」

という思いがよぎりました。人生大失敗したような気分になり、沈んだ気分に…



その時、あることが思い浮かんだのです。

私が今沈んだ気持ちになっているのは、「家族のいない私は惨め」と考えているからだ。
ということは、私は自分の考えによって気分が悪くなっているんだ。


すごく当たり前のことといえばそうなんですが、ここに改めて気づくことは重要です。

自分を苦しめているのは
現実(家族を持てない独身者の私)ではなく、
現実に対する自分の考えです。


「私」は惨めだ
→「私の考え」は惨めだ
と言い換えればわかりやすいかもしれません。


現実がどうであれ、その現実に抵抗する考えを持つと私は苦しみます。
この考え(家族を持てない独身者の私は惨めだ)が浮かばなかったら、私は周りの家族やカップルたちと御祈祷を楽しめると思います。


もちろん、現実は変わりませんので(今のところ)、苦しむ考えにしがみつきながら御祈祷をすることもできます。
どちらでもいいのです。自分が選択できます。私はそのことを改めて思い出しました。


結果、私は御祈祷を楽しみました。
家族連れをいいなと思う気持ちはもちろんあります。
でもそれと、自分を惨めだと思うことは別だな。


御祈祷の間もちょっとしたハプニング?がありました。
2歳児は怪獣のように動き回り、(おそらく)障害のある女性がお経とともに叫び声を上げ、小さい子供の夫婦はバタバタしています。

ここで「神聖な御祈祷の時間を台無しにされた。神前なんだからうるさくするべきではない」と考えればイライラします。逆に「いろんな人たちがいて賑やかな御祈祷だ。子供も元気で何より。」と思えば、今日はいいグループと御祈祷ができて楽しかったとなるのです。


どちらがいいと言いたいのではありません。
人は自分が何を考えていたかで、その後の気分が決まります。


イライラしたければ前者の考えを、楽しい気分がいいのなら後者の考えを選択すればいいんです。
現実は関係ありません。自分が世界をどう意味付けるか。


私がすぐにこの思考の訓練ができたのは、愛読してる「ザ・ワーク-4つの質問-」という本のおかげです。
バイロン・ケイティというアメリカの女性が起こしたメソッドですが、とてもシンプルで紙とペンさえあれば誰でもできる思考のエクササイズ。

●バイロンケイティについて→https://thework.com/sites/nihongo/
●ワークについて↓https://youtu.be/gjXhcSGn0L8



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